「ノモンハン秘史」を読みましたが、最初は著者の機知に富んだ、有能な参謀将校らしい活躍振りと、軍隊用語満載の往復文書等に、大変興味を持ちました。然し、読み進むうちに矢張り著者・辻政信氏は、参謀の通弊かも知れないが、自己弁護と粉飾が多い様に思いました。また随所に「自分は智略が優れ、しかも、勇敢であった。」と述べたい様な部分が多く在りました。

ノモンハンの草原で、従容として自決した井置中佐の事は、この本では唯一行のみ「井置中佐以下の半数が、囲みを破って退却した。」と在るだけでした。

然し、「ある軍人の生涯」のP48に依れば、此の時、井置中佐は包囲され、全滅寸前の敗け戦だったから、「自決しようとしたが、部下の辻大尉に止められた。」と在りました。此の事からも、それ程の悲惨な敗け戦で、弾丸も食糧も水も

無く、「現在の位置に止まれば、部下を全滅させるのみだ。」と知った故の退却であり、「残存の部下を救えば、また戦力として活用出来る。」と思ったからで、

決して命惜しさ故の自己保身だったとは思えません。

更に読み進むうちに、井置連隊長と此の本の著者の御子息・正道氏とが、共に私と同じ大阪幼年学校の同窓生(13期と48期、私は46期)であることを知り、

不思議な因縁を強く感じました。

 

ノモンハン事件の軍事上の評価に就いては、矢張り私は敗け戦だったと判断して居ますが、ウィキペディアの「ノモンハン事件」解説の「日本側評価」にも、

同様な記述が在りました。破壊した戦車や、殺傷した兵士の数だけの比較では、或は我が方の勝利かも知れませんが、戦い全般を通して、若し、堂々たる勝ち戦で在ったならば、何故に多くの有能な中堅幹部に、自決を強要したのかが理解出来ません。軍律を重んじ、仮に「勝ち戦でも、無断退却は死罪に値する。」と言うならば、その問題よりも、辻参謀自身も複数個所で「質が量に負けた!」と書いて居る様に、日本陸軍にとって、此の点こそが何よりも大事な教訓であって、同時進行中の支那事変や、大東亜戦争に臨む前に、徹底的に敗因を反省し、準備し改善して置くべき要諦だったと思います。

日本国は、此の貴重な教訓(物量戦・補給戦の重要さ)を忘れて、大東亜戦争を惹起し、筆舌に尽くし難い大損害を蒙りました。今は、ノモンハン事変の勝敗を論ずる前に、旧日本陸軍の首脳部が、ホロンバイル草原の激戦での重要な反省事項を看過した罪をこそ、問うべきだと考えています。    了


尾山喜一 拝




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