陸士での内部抗争

 

予科士官学校の生徒の構成は、幼年学校出身者と中学校出身者から成るが、

1対4位の人数比で幼年学校出身の方が少ない。中学からは、4年または5年修了で入って来るので、幼年学校に中1または中2から入り、3年間の訓育を経た者と年齢は全く同じである。

然し、この両者はあまり仲が良くなかった。未だに陸士の同期会に行くと中学校出身から、当時の幼年学校出身者の行動への非難を聞かされることがある。

同じ国軍の将校を養成する学校の同期生で、どうしてこんな事になったのか。

私は一般的に言って、幼年校出身者側に原因があったと思っている。                 

陸士入校当初は、3年間の軍隊生活の経験の差が大きく、人数は少ないが幼年校出身者が何かとリードする場面が多い。幼年校組は全国の6校から来ているが直ぐに結束し、軍隊生活に慣れていない中学組を批判し軽蔑して、切磋琢磨と称して不要な暴力を振るう事もあった。その上悪い事に、年齢も16~7歳で無性に人を殴りたくなる年齢だったから、余計歯止めが掛からなかった。

私が未だ大阪幼年学校に居た時の事だが、既に任官した先輩が遊びに来て曰く「貴様等予科に行ったら絶対に中学出身に負けるな!」と煽動した事がある。

私は「何時までいがみ合っているのか?」と聞くと、「なーに、本科に行くと自然に仲良くなるよ。」とのこと。それなら初めから仲良くすれば良いのに、変な話だと思い、私は同調出来なかった。そして予科に進むと、矢張り各幼年校の出身者は直ぐに団結して中学出身者と対抗しようと言うムードがあった。然し、私は良くないと思い、一切その動きには加担しなかった。

陸幼・陸士を通じて3年半の軍隊生活の中で、私が鉄拳を振るったのは、大阪幼年学校で指導生徒として、2期後輩と起居を共にした時に、猛烈に破廉恥な行為をした下級生に対し一度だけ有ったが、その生徒は私が咎めた非行により退校処分になった。

 

戦後、各地で陸士の区隊会が開かれるが、これに出席しない、或いは出られない幼年学校組は今でも沢山居る。幼年学校の在校期間が3年間なのに対して、陸士が6ヶ月と短かった事もあるが、当時の軋轢が原因で出席できない者が多いのだと思う。

私は陸士の区隊会等には全く違和感が無く、忘年会・旅行等には、最初から殆ど出席して居り、現在でも皆と大変楽しくやっている。




尾山喜一 拝




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