昭和16年(1941年)12月8日、米英等の連合軍に対し、日本は大東亜戦争を発起したが、4年間の死闘を経て、当初の志と異なり、同20年(1945年)8月15日、力尽きて降伏した。
当時の日本の政治と軍事上の指導者、及びマスコミは、到底勝目の無い戦争に、国民を駆り立て突入したが、当然の様に我が国の無残な敗北で終わったので、
彼等の責任は万死に値すると言うべきである。
この戦争の意義を巡って我が国では、『あの戦争は無謀で、無益な戦争であった』と、多くの人が総括している。確かに、数百万人の国民が尊い命を失い、敗戦により国土は減少し、完全に荒廃したので、無謀な戦争ではあったが、私は必ずしも『全く無益な戦争だった』とは考えて居ない。
その理由の第一は、
アジアに於いては、大東亜戦争終結(1945年)後、僅か数年以内の短期間に、下記の10ヵ国が、白人宗主国による永年の軛を脱して、新たに独立国として誕生して、今日に至っている事実である。
(現地に残った、多数の日本兵が応援した事も、大きく貢献した。)
フィリピン 昭和21年7月
① 北ベトナム 昭和21年11月
② インドネシヤ 昭和22年8月
③ カンボジヤ 昭和22年5月
④ インド 昭和22年昭和8月
⑤ パキスタン 昭和22年8月
⑥ ビルマ 昭和23年1月
⑦ 南ベトナム 昭和24年3月
⑧ ラオス 昭和28年
⑨ 韓国 昭和20年8月(日本からの独立で、やや異質であるが・・・)
上記の出来事は、近現代史上紛れも無い事実であって、この現象が大東亜戦争の結果に起因して居る事は、誰が見ても明らかであろう。
また、110数年前の1909年に、我が国が強大な帝政ロシヤを破った日露戦争は、白人優越の時代にあって、黄色人種の日本が、世界最強の陸軍国と謳われたロシヤ軍を破ったので、全世界に与えたインパクトは極めて大きかった。
特に、暴虐なロシヤに痛めつけられていた、バルト3国を始め、トルコ、ポーランド、フィンランド等の国民は、狂喜したと言われている。
その40年後の大東亜戦争に於いて、(日本は完敗したけれども)大東亜共栄圏の理想を掲げ、一国で植民地主義の多くの白人諸国に挑んだ戦争は、当時永い間白人の桎梏の下に喘いでいたアジアの諸国民に対して、絶大な勇気と自信を与えたと思う。その結果として、此のような短期間内に、多数の植民地の独立と言う最高の結果を齎したのだから、大東亜戦争の目的は立派に達成され、非常に有意義であったと言うべきであろう。
若し、あの戦争が無かったらならば、アジア諸国の白人宗主国からの独立は、
有り得ないか、或は、相当な年数の遅れが在ったと思うのである。
第二の理由は、
戦後我が国は、完全に荒廃した瓦礫の中から立ち上がって、飢えと闘いながら、国民の鞏固な意思と優れた能力により、極めて短期間内に、世界中が驚嘆する早期復興と、奇蹟の繁栄を成し遂げた。
多くの領土と産業設備を悉く失ったが、軽武装・技術立国・輸出立国・の国是が成功し、アッと言う間に世界第二位の経済大国に成長したのである。
また、自由で民主主義の政治体制も確立し、敗戦国でありながら、戦後僅か19年でアジア初のオリンピック大会を成功させている。(中国は60数年後である。)
詰まり、あの戦争は大きな過ちではあったけれども、日本人は不屈の精神力と、優れた能力・団結力を発揮して、見事に困難を撥ね退け復活したのである。
言い換えれば、大東亜戦争の敗北によって、逆に日本人はその優れた能力を実証したとも言うべきであって、正に「禍を転じて福となす」の見本ではないかと、思うのである。
従って、平成23年3月の東北大震災の未曽有の惨禍は、あの戦争被害に匹敵する現代の大試練ではあるが、日本人の優れた能力・団結力・高い徳性(外国の
様な、災害時の略奪等は一切起こらず、世界中から称賛された)を以てすれば、必ずや短期間で復興するものと、私は確信している。
尾山喜一 拝
