14・総務課長(昭和51年7月)①総務課長の役目昭和51年7月私は総務課長を拝命した。それまで横浜税及び他税関で、総務部の課長を2つ歴任したケースはあるが、激職なので総務部で3課長連続の例は皆無だった。総務課長は横浜税関全体の「要」的存在であり、税関長の ...
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カテゴリ: かく生きて自分史
かく生きて(自分史) 人事係長〜人事課長迄 税関時代(3)
10・人事課(1)人事係長(昭和40年4月)人事課に行って私は初めて、其処が税関の労務管理の中枢であり、その司令塔だと言う事に気付かされた。着任早々先ず、今までに前例の無い「組合員に対する非行処分を、M税関長の異動前に断行せよ!」との指示が来た。N課長も私 ...
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かく生きて(自分史) 方面主任〜陸務係長迄 税関時代(2)
(3)官職に邁進する日々5・方面主任(昭和34年4月)昭和34年、陸務課巡察の泊り勤務を3年間勤め、貨物課方面主任に配置換になった。聞き慣れない職名だが、税関には保税倉庫、保税工場などの保税地域を管轄する保税行政があって、派出職員は役所に行かず、受け持ちの ...
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かく生きて(自分史) 第9 税関時代(1)
第9・税関時代1・総括税関の仕事には技術系の部門もあったが、終始事務官で通した。丁度民間貿易が再開した直後で、務量は倍々と伸びて土曜,日曜も無く猛烈に忙しかった。以来35年を税関と大蔵省で過ごす訳だが、言わば私の生涯の一番壮んな時期を、全力で働いた最も印象 ...
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かく生きて(自分史)第7〜第8 宇都宮農専〜人事院時代(青年期)
第7・宇都宮農専1・戦後の進学事情家に戻ってから暫くは、少年の頃からの夢が挫折して、呆然自失の態だったが、やがて進学を考えるようになった。軍人が駄目なら、今度は旧制高校から帝大だと思い、前年の高校入試問題を取り寄せて見ると、英語以外は皆易しかった。陸幼、 ...
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